へんてこ論(「橋下徹の研究」2012年11月14日~)

ブログ『ART TOUCH』から独立 暫くの間、《橋下徹VS朝日の最終戦争》の記事を連載

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なぜ、私は、NHKの水野記者を信用しなかったか

水野記者の福島原発事故の解説が評判が良い。上杉隆が褒めていたし、TVタックルで福岡政行が「あんまり厳しく言うと、NHKの水野なんとか委員のように・・・・出番が少なくなっちゃった」というと、政治評論家の三宅久之が「あなたはね、ちょっと余計なことが多すぎるよ」と言うようなことがあった。

NHKの七時のニュースは食事の時に見ているが、福島原発の状況がどうだか見ているだけで、水野記者が出てきて喋ってもほとんど聞き流していた。というのも、わたしはNHKのいうことを殆ど信用していないからだ。とくに、7時半からの『クローズアップ現代』は、国谷裕子が次にどんな嘘をいうか楽しみにしていたぐらいだ。それも、日銀財務省のポチ大塚耕平の風呂上りのような顔が気持ち悪くなっていらい、だんだん見なくなった。

国谷裕子の『天安門事件で虐殺はなかった』という番組は、よく見ると、天安門広場では虐殺はなかったと言ってごまかしている。偶然スペインでヴィデオが発見されたとか、偶然台湾の歌手の音声テープが発見されたとか、出所が不明な資料を恣意的に使っている捏造番組だった。他にも、NHKスペシャルの『激流中国』の露骨なヤラセや『JAPANデビュー』の「人間動物園」の巧妙な編集なども強く印象に残っている。

そうしたら、とんでもないことにもっとも真実の報道から遠い国谷裕子が日本記者クラブ賞を受賞した。しかし、ちょっと考えて見れば、記者クラブなんて、その排他的な運営で、世界中のジャーナリストから軽蔑されている組織だ。そんなクラブの賞に最もふさわしいのは国谷裕子かもしれない。

ネットのニュースに「沖縄集団自決訴訟 大江健三郎さん側の勝訴確定 最高裁」の見出しが踊っている。確か、「人間動物園」が捏造だとNHKを訴えた裁判があったはずだ。あれも、無罪になるのだろう。





日本は今回の大災害では滅びない。滅びるとしたら日本人が誇りを失ったあげくの喜劇としてだろう。

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2011.04.23[Sat] Post 10:27  CO:0  TB:0  ジャーナリズム  Top▲

帝人事件と小沢事件

笠間検事総長の日本記者クラブでの会見をビデオニュース・ドットコムで見た。評価は分かれているようだが、郷原信郎の「率直に、自分の考えを、自分の言葉で、述べられており、検察内部の立場の検事総長の発言としては、ギリギリの発言だと思います。法務省側が事前に用意していた原稿を読んだものではないことは明らかです。」というTweetが妥当なところだろう。記者クラブの記者の質問もかなり厳しいものだったが、村木事件の証拠改竄と自白調書のことばかりで、検察審査会の問題や司法の政治介入については曖昧にされていた。

しかも、村木事件がもっぱら「個人の問題か組織の問題か」の視点で論じられ、答えも総長個人の考えと検察組織の考えに分けていた。もちろんこれは新総長の誠実さなのだが、記者クラブと検事総長の八百長と言えなくもない。村木事件は小沢事件という政治的弾圧事件の流れの中で起きた冤罪事件なのだ。

NHKスペシャルの『日本人は何故戦争に向かったのか』も相も変わらぬ軍国主義とナショナリズム批判だ。それを煽ったのがマスコミだと、深く反省しているつもりだろうが、反省のポーズだけならサルでもできる。こんな番組を流しながら、他方では検察と組んで「政治とカネ」キャンペーンで自分たちに不都合な人物の政治的抹殺を謀っている。

戦前の検察による「政治とカネ」による政治的弾圧と言えば、郷原信郎もいうように帝人事件だろう。あのときも新聞は国民の正義感を煽り立て、政党政治を弱体化したのだ。

NHKスペシャルは軍とメディアと民衆のトライアングルというが、軍隊やナショナリズムで国は滅びない。国が滅びるのは国民が嫉妬に根ざした正義感のため真の敵を見失ったときだ。国民は、カネまみれの政治家ではなく「クリーンでオープン」な政治家を選んだつもりが、一番ダーティーで独善的な政治家を選んでしまった。

菅さんが首相の器ではないことをようやく気づいたようだが、もうおそい。自民党の時でさえ少しづつ進んでいた改革がすべて振り出しに戻ってしまった。郵政は事実上再国営化し、天下りも天下り法人も増え続け、総務大臣には過去官僚がなり、地方分権もあやうくなり、電波利権も新聞利権も墨守され、アメリカは相変わらず日本を占領し、中国はGDP世界第ニの大国にもかかわらず、日本から迂回援助でカネを奪っている。

それでも、菅首相は歴史に名を残したいと頑張っている。たしかに、これだけ頑張れば、歴史に残るだろう。欄外の一口メモとして。







2011.03.03[Thu] Post 01:53  CO:0  TB:0  ジャーナリズム  Top▲

佐藤栄作の退任記者会見の発言に喝采の声をあげた。

前に、自由報道協会の小沢会見を、佐藤栄作首相退任記者会見での「新聞記者は出てってくれ」発言になぞらえるのは間違いだと批判した。(

自由報道協会による第二回小沢記者会見でも、またぞろ新聞が佐藤栄作退任記者会見を持ち出して批判しているらしい。らしいというのは、新聞を読んだわけではなく、上杉隆のTwitterで知ったからだ。

13.02.2011
uesugitakashi: RT @ginchann: @hatakezo 小沢-FPAJの関係を巧妙に佐藤栄作-テレビと同じ様に並べてますが、FPAJは新聞の参加を拒んでも無いし、そもそもメディアではないと宣言済みなのにね。


あの頃は、まだ、テレビが真実を伝えてくれると思われていたわけだ。NHKテレビは首相という「権力者」に好まれていたのに、今はそのテレビが嫌われて、ネット放送が好まれるようになったわけだ。

あの記者会見での佐藤栄作首相の発言は政治家として当然の発言だ。新聞は言ったことと違うことを書くけれど、テレビはそのまま伝えてくれるから、テレビに直接向かって話したい、NHKはどこかねと言った。これのどこがおかしいのだろう。わたしは、喝采の声をあげた。

というのも、それまで、新聞に書いてあることと、テレビニュースで見ることが、まったく違うことを何度も経験していたからだ。新聞記者は客観的に書こうとしない。主観的な表現を平気で使う。政治家が直接テレビに向かって話したいと思うのは当たり前だ。

もちろん、このTV映像が持つ直接性は逆に、編集を巧みに使って世論を誘導するために利用することもできる。権力者側も報道側も、そして、現在の地上波テレビの編集権はもちろんテレビ局側にある。しかし、テレビ側は決してそれを認めようとはしない。新聞にもこの編集権はあるし、佐藤首相のいうように、記者クラブで情報を独占し、編集権で思う存分嘘で固めた報道をしてきた。

テレビは、最初のうちは映像を撮ることで精一杯だったのだろう。それほど切り刻んでコラージュ紛いのものを作る余裕はなかった。しかし、映像がデジタル化され、編集が自由自在になるに従って、テレビニュースは新聞記事同様に嘘八百が並べられるようになった。切り貼りだけではない。サブリミナル紛いの瞬間映像の繰り返し、再現ビデオと称する捏造ドラマ、なんでも思い通りに出来るようになったのだ。その結果が、小沢辞職賛成90%の世論なのだ。

佐藤栄作首相会見で驚くべきことは、佐藤栄作の新聞記者は出ていってくださいという発言ではない。驚くべきことは、たぶん記者クラブの代表幹事だろう、「われわれ内閣記者会としては、(テレビと新聞の差別は)絶対に許せない」という発言だ。しかも、一斉に記者たちは会見場から出ていったことだ。この傲慢さは、報道の自由とは何の関係もないことだ。

会場には記者クラブの記者しかいないのだ。自分たちがフリージャーナリストや外国特派員を排除しておいて、首相に批判されたからと言って、しかも、正当な批判であるにも拘わらず、取材し報道する義務を放棄した。わたしは、当時記者クラブがそんな閉鎖的な組織だとは知らなかったが、この独善性には心底驚いた。

それにつけても、小沢一郎という政治家の忍耐強さには驚嘆するほかない。












2011.02.15[Tue] Post 18:16  CO:0  TB:0  ジャーナリズム  Top▲

TwitterとUstreamの時代

以前、Twitterは大衆を動員するメディアになる恐れがあると書いた。オバマが選挙でTwitterを利用したと聞いていたからだ。

それは杞憂だった。わたしは今、高橋洋一と郷原信郎、そして今年に入ってから孫崎享のTwitterをフォローしている。いま、日本でいちばん役に立つのは高橋のツイットだろう。ほぼリアルタイムで、世の財政金融政策の間違いを指摘し続けている。

Ustreamは岩上安身によって、最強のネットメディアになった。Ustreamが本物になるかどうかは、小沢と検察マスコミとの戦いの勝敗にかかっている。

ニコ生はバライティー専用チャンネルになっている。このまえ田原総一朗の司会で討論会をしていたけれど、朝生とおんなじで独善的仕切りで、面白くなかった。そのうち、高野孟とかカンサンジュンが現れそう。
2011.01.06[Thu] Post 01:41  CO:0  TB:0  ジャーナリズム  Top▲

産経 いいかげんにしろ 

ZAKZAKが「小沢“逃げ足”一流!政倫審「正々と応じる」はずが…」の見出しで、いい加減なことを書いている。朝日は微妙に修正を謀っているようだが、産経は三流新聞の面目躍如である。

小沢さんが「逃げない」といったのは、総理になっても不逮捕特権を使わないと言ったのだ。総理にならなかったけれど、検察審査会の強制起訴に対して、逃げずに、堂々と法的措置を取っているではないか。逃げてはいない。

そもそも検審は世論と国会と一緒に、検察のデッチ上げ捜査の一部として機能していることが、次第に明らかになっているじゃないか。

特捜は法と証拠ではなく、ストーリーで冤罪を作っているのだ。

2010.10.24[Sun] Post 18:14  CO:0  TB:0  ジャーナリズム  Top▲

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